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2017年 12月 09日
「フィールド図鑑日本の野鳥」の“キアシセグロカモメ”について
「フィールド図鑑日本の野鳥」の話題の続き。この図鑑のカモメ類に関しては予想通り気になる点が多々あるが、中でも特に気になったキアシセグロカモメについて書いてみたい。なお準拠したリストや文献によって和名が違うので整理すると、亜種キアシセグロカモメ=mongolicus=モンゴルセグロカモメ 亜種カスピキアシセグロカモメ=cachinnans=カスピセグロカモメとなる。少々ややこしいのでこれ以下それぞれモンゴル・カスピで話を進める。

まずモンゴルの識別についてこの図鑑では、「足にピンクみのある個体が多く、わずかに黄色みがある程度」「成鳥冬羽の頭部は褐色斑があまりない」のほぼ2点しか書かれていない。嘴の黒斑、換羽時期、初列風切のパターンへの言及がないので、頭の斑の少ないタイミルセグロカモメなどをモンゴルと誤認する例が増える恐れがある。紙面が限られるのは解るが、もう少し良い方法はあったように思う。

そしてカスピについては一つ決定的な誤記があり、「外側初列風切裏側の白斑が大きい」と書きたかったと思われる箇所が、「外側尾羽の裏側の白斑が大きい」になっている。さらに問題なのはその前に「亜種キアシセグロカモメ(=モンゴル)とほぼ同じだが」と書かれていること。つまりこの図鑑に従うと、「モンゴルとほぼ同じで初列風切裏側の白斑が大きい」のがカスピということになってしまうが、実際は全く違う。

カスピの特徴として重要なのは、直線的で長い嘴、細長い足、長い首などが醸し出す、ハシボソカモメを連想させるようなかなり独特のjizzで、それと翼のパターン等を併せて総合的に判断して識別する必要がある。下の画像は上がカスピ、下がモンゴル。ストレートで長い嘴が醸し出すカスピの独特な印象に注意して頂きたい。

「フィールド図鑑日本の野鳥」の“キアシセグロカモメ”について_a0044783_18054602.jpg

しかしながら今回の図鑑では、こうしたjizzが解説文でもイラストでも表現されていない。海外に目を向ければ、当然ながらCollins Bird Guideなどではイラスト・解説共にこの特徴がしっかり表現されているので、ここにはやはり大きな隔たりを感じる。しかも、モンゴルの中には初列風切の白色部が多く、カスピに似たパターンの個体もいることが繁殖地の調査からも知られているので、今回の図鑑に従うと、そうしたモンゴルがカスピと安易に誤認されかねない。

カスピは繁殖地が日本から遠く、渡来はかなり稀なため慎重な判断が必要なだけに、この図鑑の不正確な記述が与える影響は気になるところだ。そしてこの件は決して「情報不足による間違いが十年後にわかる」といったケースではなく、むしろ十年前から広く知られている基本的な特徴すら正しく反映されなかったために、識別を後退させてしまう格好になっていることが、長年カモメの野外識別に取り組んできた一人としては大変残念である。

「フィールド図鑑日本の野鳥」の“キアシセグロカモメ”について_a0044783_17445334.jpg

初列風切の白色部の多いモンゴルセグロカモメと思われる個体 2006年12月9日 中国・上海
「フィールド図鑑日本の野鳥」に従うとこのような個体は全てカスピと判断されてしまう可能性が高いが、嘴の長さや形状等のjizzからはカスピの可能性は低いと思われる。一方でモンゴルとしても翼のパターンは典型的ではないため、日本での観察であればセグロやタイミルの可能性も含めて慎重な検討が必要と思う。

# by Ujimichi | 2017-12-09 18:11 | モンゴルセグロカモメ

2017年 12月 06日
「フィールド図鑑日本の野鳥」のコスズガモについて
先頃出版された「フィールド図鑑日本の野鳥」は、国内では30年ぶりのイラストによる野鳥のフィールドガイドということで話題を集めているが、内容に関しては不正確な点や古い知見が更新されていない点などを指摘する声をかなり耳にした。私は少し遅れて手にしたが、やはりその辺りは事前に聞こえてきていた通りの印象。あれもこれもと言及するときりがないので、ひとまずここでは、個人的に出版前から気になっていたコスズガモに絞って感想を書いてみたい。

まずコスズガモについて真っ先に指摘しなければならないのは、「スズガモより頬部が膨らんで見える」というこの図鑑の説明は明らかに誤りであるということ。この“識別点”は、同解説者の方が1998年の写真図鑑から一貫して同様のことを書かれているもののようだが、実際にはスズガモ、コスズガモ共に状況により大きく変化する特徴であり、種の識別点には全くならない。下の写真のカモは全てスズガモだが、これを見ても、「頬が膨らんで見える」のがコスズガモに限った特徴でないことがたちどころにわかるだろう。※

「フィールド図鑑日本の野鳥」のコスズガモについて_a0044783_16551566.jpg
さらに下の写真は同一個体のコスズガモを同日内に撮影したもの。状況により頬の膨らみがいかに変化するかを見て頂きたい。
「フィールド図鑑日本の野鳥」のコスズガモについて_a0044783_16573294.jpg

今回この図鑑で、この“識別点”がイラスト入りで改めて強調して解説されてしまったことは残念でならない。コスズガモはまだしも、スズガモは東京湾で千~万単位の大群が越冬する普通種。少しその気で観察すれば、矛盾に気づくのはさほど難しいことではないと思うのだが。

もう一つわかりづらかったのが、解説本文の頭の形の記述。「後頭部が膨らんで見える」とあり、これが「前頭部より後頭部が高い」というコスズガモの特徴のことを指しているらしい(?)と気付くまでに、私はかなり時間がかかった。「後頭部が膨らんで見える」だと、カワアイサの雄のように後方に膨らむ形状を想像してしまったからだ。この点は読み手によっても個人差はあるかとは思うが、どのくらいの割合の読者がこの文からあのコスズガモの頭の形状をイメージできただろうかという気はする。そして後頭部が高いだけでなくごく小さな突出部があることや、後頸にかけての輪郭が直線的に見えることへの言及はない。

さらにこの図鑑では、コスズガモの重要な特徴である翼帯の色について触れられていない。イラストでは描き分けられているが、一言の説明も矢印もなく、これでは予めその特徴を知っているか、かなり観察力に長けた人でないと違いを読み取るのは難しそうだ。この図鑑について「ベテランから見れば間違いはあるが、初心者が持つにはいい」といった意見も聞くが、こうした重要な点に触れていないのは初心者にはむしろ不親切で使いづらいのではと感じてしまう。同様のことがサイズについても言え、「スズガモより小さい」ことが書かれていないので、和名と全長から小さいことを読み取らなければならない。

そして雌については「頭部は茶褐色で光沢はない」としか書かれておらず、種の識別に役立つ情報は一言も書かれていない。これも初心者はイラストから何とか読み取る以外に方法はなく、ここでもむしろ初心者に優しくない図鑑との印象を受けてしまった。しかも、このコスズガモの解説の下には、もう一種分解説が入りそうなほどの大きな余白が残されている。これだけの余裕があって、なぜ最小限の重要な特徴さえ解説されていないのだろうと思うと本当に残念でならないし、しかもその一方では最初に書いたように、「頬の膨らみ」という誤った識別点がイラスト入りで解説されているのは理解に苦しむ。

今回はあえてコスズガモに絞って書いたが、この図鑑に広く目を通すと、大なり小なりこのコスズガモと類似した問題点があちこちに散見される。私も識別に関心の強い絵描きの一人として、本来ならイラストによるこうした図鑑は応援したいところだが、残念ながら安心してお勧めできる内容とは言い難いのが正直なところだ。この図鑑についてはすでに多くの方がご意見を述べられているが、気付いた問題点はこうしてそれなりにきちんと一般に告知していく必要はあるように思う。

※興味深いことに、2015年にHELM社から出版されたReeber著“WILDFOWL”には「スズガモの方が頬が膨らむ」という、全く真逆の記述とイラストがあり、これも状況による変化を種の特徴と誤解した結果ではないかと考えている。

# by Ujimichi | 2017-12-06 20:00 | コスズガモ

2017年 10月 17日
1988年5月1日 神奈川県三浦市の “カリフォルニアカモメ” 再検証
1988年5月1日に神奈川県三浦市で父と観察した“カリフォルニアカモメ Larus californicus”(以下「本個体」)について近年の知見を元に再検証を行ったところいくつかの疑問点が浮上し、「カモメ L. canus kamtschatschensis 第2回夏羽の可能性が否定できないため種不明」とするのが妥当と考えるに至ったので、以下に要点をまとめてみる。

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この個体は観察当時、大型カモメとも中型カモメともつかない中間的な全体の印象、頭に対して体と翼が長く足が短い体型、灰緑色の脚、などの特徴からカリフォルニアカモメ第3回夏羽と判断した。現在写真を見返しても、カモメとするにはかなり違和感のある、大型カモメ的な印象を受ける。

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▲左はロサンゼルスで撮影したカリフォルニアカモメ成鳥冬羽。全体的なシルエットはよく似ている。

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しかし、今から29年も前の当時とはまるで比べ物にならないほど参考画像等が豊富に見られる現在、北米で撮られた多数の画像、また我々自身のその後の北米での観察経験と照らし合わせて再検証をすると、本個体はまず羽色の面で通常のカリフォルニアカモメのどの年齢にも今一つ一致しにくい組み合わせの特徴が見られ、かつその特徴がカモメ第2回冬羽/夏羽であれば問題なく一致することに気付いた。

さらに体型については、通常カモメでは頭に対して胴が短く小さく見えるため本個体とは印象がかなり異なるが、個体や状況によっては胴が意外に長大に見えるケースもあり、時には本個体と遜色ない比率のように見える画像等を見かけることもある。さらに本個体については口からテグスを垂らしていて嘴が若干開いた状態だった。観察当時はあまり気にしていなかったが、今写真を見直すと上背が盛り上がって見えることからも、ある程度大きな魚を飲み込んでいることで体型が変化し、より胴長なカリフォルニアカモメ的な体型に見えていた可能性も否定できないように思う。

羽色についてもう少し具体的に述べると、本個体では青灰色の肩羽と、褐色味を帯びた淡灰色の雨覆の境が明瞭で、ツートンカラーの上面に見える。このパターンはカモメ第2回冬羽では普通に見られるが、カリフォルニアカモメ第3回冬羽では今のところ確認できていない。また本個体の静止時に見える初列風切は黒褐色だが、光が当たるとやや明るい褐色にも見え、P10-P5までの先端部に明瞭な白斑はない(下の画像)。カリフォルニアカモメ第3回冬羽では通常この部分の黒味がより強く、各羽先端に白斑がある個体が多く、ほとんどこの白斑がない個体でも、P5については明瞭な白斑があるのが普通のようだ(すなわちより成鳥に近いパターン)。もちろん個体差や摩耗褪色も考慮する必要があり、また第3回冬羽のサンプル数が十分とは言えない面もあるので、カリフォルニアカモメでも似た見え方になる可能性も否定できないが、この点についても今のところカモメ第2回冬羽/夏羽の方により合致しやすいように見える。

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ではカリフォルニアカモメ第2回夏羽の可能性はどうかというと、上述のツートンカラーの上面、及び初列風切各羽先端の白斑がないこと、の2点では一致する。しかしながらカリフォルニアカモメ第2回冬羽/夏羽では尾羽が幅広く黒褐色で、次列風切も暗色帯を形成するのが普通のようで、この2点が合致しない。ただし中には冬季に尾羽を換羽して本個体に似たパターンが出ている画像があるため、尾羽と次列風切を早く換羽した第2回夏羽が本個体にある程度似る可能性も考えられるが、雨覆や初列風切を残して尾羽と次列風切がちょうどそのように換羽するかという疑問があり、また本個体は写真が不鮮明なため換羽状態の精査そのものが難しい。

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▲カリフォルニアカモメの第3回冬羽と第2回冬羽。このように第3回ではかなり成鳥に近いパターンになり、第2回では尾羽と次列風切が太い暗色帯を形成するのが普通のようなので、三浦市個体の上面のパターンはこのどちらにも完全には一致しない。

なお当時の現場での観察では、大雨覆の一部に細かい波状斑があったように記憶していて、これが明確であればカモメの可能性をほぼ否定できるが、この点は写真では残念ながら画質が不鮮明なため写っておらず、今となっては29年も前のことでもあるのでどの程度はっきりしたものであったのかの確信が今一つ持てずにいる。カモメとカリフォルニアカモメは、成鳥では嘴のパターンで、第1回冬羽では雨覆等の模様で容易に区別できるが、カリフォルニアカモメ第3回とカモメ第2回ではこれらの点が使えないことが本個体の判断を難しくしているといえる。いずれにしても本個体は体型の印象がカリフォルニアカモメに似るものの、羽色の面でカモメ第2回夏羽により合致する点が多いため、今のところ種不明としておくのが妥当と考えている。

本個体はこれまでカリフォルニアカモメとしてウェブサイトや「カモメ識別ハンドブック」で紹介しているため、観察当時の経験と情報量の不足から、判断がいささか拙速であったと思われる点はこの場を借りて率直にお詫び申し上げたい。ただしこうした先進的な識別については、その時点での情報量の範囲で識別し、状況が変わればその都度再検証するという作業によって発展する側面も確かにある。安全を期しての判断の保留と、未知の領域へ切り込むチャレンジ精神、この両者のバランスや力加減はなかなか難しいところだが、今後も大いに悩みつつも楽しみながら、より精度の高い識別を目指して行きたいと考えている。


# by Ujimichi | 2017-10-17 18:20 | カモメ

2016年 05月 20日
メリケンキアシシギの上尾筒
しばらくこのブログを放置してしまったが、昨日観察した2羽のメリケンキアシシギのうちの1羽にちょっと面白い特徴があったのでとりあえず忘備録として載せておく。メリケンキアシシギの上尾筒は一様な灰褐色か、各羽先端にごく細い羽縁がある程度なのが普通だが、この個体ではもう一段基部寄りにかなり明瞭な淡灰色の横斑があり、キアシシギのパターンに似ている。また体下面の横斑は、メリケンキアシシギとしては少ない方で、下腹あたりに比較的広い白色部がある。しかし全体的な印象はメリケンキアシシギのもので、嘴は基部の黄色が僅かで黒っぽく見え、鼻溝も十分長い。改めて少し北米の画像等を検索してみた範囲では、体下面の斑は個体差の範囲内のようだが、上尾筒については同様の例は今のところ見つからなかった。しかし上尾筒がはっきり見える画像自体が意外に見つからずサンプル数が少なすぎるので、もう少し調べてみる必要がありそうだ。この辺りのバリエーションについてもし何かご存じの方はご一報頂けると嬉しいです。

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メリケンキアシシギの上尾筒_a0044783_20563534.jpg
上尾筒の横斑に注意。

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鼻溝は長くて嘴基部から2/3付近まであり、メリケンキアシシギの特徴を示す。
# by Ujimichi | 2016-05-20 21:49 | シギチ

2016年 01月 17日
アイスランドカモメ…ではない
画像は皇居に時折現れるシロカモメ。どうやら最近これがアイスランドカモメと誤認されて情報が回っているようなのでくれぐれもご注意を。関東ではアラスカ産の亜種(barrovianus)と思われる小さめのシロカモメが珍しくないので要注意です。

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シロカモメ Larus hyperboreus

# by Ujimichi | 2016-01-17 17:43