2009年 12月 24日
近所のオナガガモ。常に周囲の人の動きをよく見ていて、岸に人が近づくと一応寄っていく。どうやら餌をくれないとわかると興味を失ったようにおもむろに羽繕いなどをはじめ、やがて自分たちでせっせと餌を探し始めた。ある断片だけ切り取れば一見餌付けに頼りきっているかのようにも見える彼らだが、「太って飛べなくなる」「渡らなくなる」などといった創られた虚像に比べ、その実像ははるかにドライで野性的だ。
![]() 2009年 12月 18日
少し前にも書いたが、「生態系を崩す」からとか、あるいは「野性を失わせる」から餌付けはいけない、というよくある言い方は、どうも「自然」と「非自然(人間界)」を無理に真っ二つに分けて考えているようなところにいつも違和感を覚える。実際には人間社会にも自然は複雑に入り込み、自然界にも様々な形で人手が加わっているのが現実であって、その間に明確な境界線を引くことは困難だ。だからといってどこでも無制限に餌付けをしてよいとか、今残っている良好な自然環境を安易に改変してよいと言っているのではもちろんないが、ただそれにしても餌付け云々という話に関してよく一般に語られる、自然vs人間という図式はあまりに単純で漠然としすぎている。
例えば餌付けによって鳥が人を恐れなくなることは、本当に野性を失う「悪いこと」なのだろうか?アマサギが水牛やゾウの背中に止まったり、田畑で耕運機の後を追いかけて虫を獲っていることと本質的に何が違うのだろうか?商店街や駅舎に巣をつくり、人間を用心棒として上手く利用しながら繁栄してきたツバメは「野性を失っている」のだろうか?また崖の代わりにビルや橋げたに生活拠点を見出したハヤブサやチョウゲンボウの生き方は「不自然」なのだろうか?古くから日本の稲作に上手く適応したアキアカネが繁栄してきたことは、人が栽培するキャベツを介してモンシロチョウが普通種として繁栄してきたことは「悪いこと」だろうか?全国各地に植えられているソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの交配によって生まれた人為的なものだからあらゆる場所から排除すべきだろうか?もちろん人間の介入度の低い優れた自然環境が後生まで残ってほしいとか身近に取り戻したいという思いは私自身にも大いにあるが、その一方で人間が自然に関わる行為を一律に否定し続けると、しまいには人間自身を否定するところまで行き着いてしまうのではないか、という気がする。 「カモは本来夜行性なのに餌を与えると習性が変わってしまう」と書いてあるものを見たこともあるが、実際に観察してみるとそもそもカモは夜行性と決まっているわけでは全くなく、場所や状況に応じて昼夜を問わずかなりランダムに餌を採っていることが多い。例のメタボガモ云々の騒動はまさしくその典型例だが、我々人間は鳥が本来どういうものかすらよく知らないまま、大急ぎで善悪論に飛びついてしまっていることが結構多い。もちろんここで餌付けを奨励する意図は全くないのだが、しかし少なくとも、「餌付けは悪い」「人が自然に介入してはいけない」といった画一的で漠然としたイメージではなく、もう少しこうしたことを一つ一つ掘り下げながら物事を冷静に考えてみる必要はあるように思う。 ![]() 遠浅の海で餌を採るヒドリガモ ここではカモたちは干潮時に一斉に採餌し、潮が満ちると一斉に水面に浮かんで休んでいた。つまりここでは昼か夜かではなく、潮の干満による生活パターンが形成されているようだ。もちろん同じヒドリガモでも河川では人の少ない時を見計らって川岸やグラウンドに上陸して草を食むし、皇居のお濠ではキンクロハジロなどの潜水採餌ガモ類にまとわりついておこぼれにあずかるという面白い行動も観察される。我々人間は「夜行性」「昼行性」「良い」「悪い」といった言葉で物事を二分して考えようとするが、実際に観察してみるとカモたちは状況に応じてはるかに柔軟に多様な生き方を選択していることがわかる。 2009年 11月 22日
昨日撮影の神奈川県の公園の画像から(ウミウとは別の場所)。ここでは「一見カルガモ風個体」が5羽見られたが、それらはよく見れば明らかに怪しげな風貌で、いわゆる“マルガモ”の特徴を持っていた。しかし単にマガモとカルガモの中間という印象ではなく、体型などにアヒル的な印象が強い。うち1羽の羽色はカルガモにほぼそっくりだが、やはり体型などに他の個体と共通した印象があった。そしてやはりここでも大きなアオクビアヒルが1羽。純粋なカルガモと確信できる個体や、野生のマガモは観察できなかった。ここを訪れるのは2度目なので継続した観察はできていないが、以上の状況からはこれらの“マルガモ”タイプの個体はアオクビアヒルとカルガモの雑種、またはその子孫である可能性が高いと考えられる。
![]() アオクビアヒル(左上)と2羽の“マルガモ” 2羽とも一見カルガモに似るが、嘴爪が先端だけでなく上まで黒い。手前の個体の白っぽい下尾筒にも注目。 ![]() “マルガモ” 奥の個体はマガモ♀に似た羽色だが、それよりやや暗色部が多め。嘴のパターンは縁まで黒いためカルガモに似るが、基部に黄色部がある。 ![]() “マルガモ” 上の手前の個体と同一。一見カルガモに似るが、嘴先端の黄色部が大きく基部も黄色い、下尾筒が白っぽい、尾羽がより白い、などの点が異なる。 これまでも何度か書いたが、もし仮にこうした人為移入による交雑を問題ありと考えるとしても、「捨てアヒル問題」を「餌付け問題」にすり替えていては解決にならないだろう。「東京都内でカモの雑種が何十羽も見つかっている、餌付けが原因ではないか」という趣旨の新聞記事等が以前何度か出たが、この手の捨てられたり放し飼いにされた家禽が関わった雑種と、元々ごく近縁で交雑例の多いヒドリガモ×アメリカヒドリの雑種を勘定に入れ、さらに雑種ではないカモの単なる年齢や換羽状態による変化まで誤って雑種として数えてしまえば、あっという間に何十羽という数が雑種として記録されてしまっても全く不思議ではない。 ちなみにこの公園では大規模な餌付けは行われていないが、近隣住民らしき人が少量の餌を与える姿は数回見かけた。餌付いているもの、いないものを含め全体ではオナガガモ12羽、ヒドリガモ31羽、オカヨシガモ2羽、キンクロハジロ122羽、ホシハジロ103羽をカウントしたが、“マルガモ”以外の雑種は、ヒドリガモの中にアメリカヒドリとの交雑と思われる、頭部に緑色光沢のある個体を1羽確認したのみだった。東京近辺の各地の公園等で見ていると、雑種については程度の差はあれどこも概ね似たような状況であり、以前新聞に書かれたような、「餌付けのせいで様々な組み合わせの雑種が生まれている」などと言えるような状況は見たことがない。またいわゆる“マルガモ”についてはここのような状況の場所も確かにあるが、もちろん普通のカルガモや野生のマガモがそれぞれ群で沢山見られる場所も多い。どこでも同じように“マルガモ”だらけになっているわけでは決してないので、この点も少し落ち着いて見極める必要があるだろう。 関連記事 “マルガモ” それ本当に雑種ですか? 2009年 11月 05日
東京近郊のカモは80~90年代に比べて激減していて、特定の場所に行けば沢山見られうというわけにもいかなくなっているので、最近はなるべくあちこちのポイントを小まめに見て回っている。
![]() 画像はそんな中で訪れた公園池で見た風景。「生態系を乱す原因になる」云々で餌やりはやめましょうという立看板が立っていた。もちろん餌やりをどう位置づけるかはそれぞれの場所の特性や諸事情に照らした判断があっていいとは思うのだが、しかしここで殊更「生態系」という言葉を持ち出すのであれば、餌やりどうこう以前にこのコンクリートプールのような恐ろしく人工的な池の造りを何とかしたらどうなのだろうと思う。この場所もそうだが、都市近郊では宅地開発や外来種の蔓延等々によって元あった生態系などとっくにズタズタに崩壊している場所が大半といっていい。各地で普通に行われている、草地や藪を整地して“綺麗な”芝生の公園にすることだって言ってみれば餌やり以上に甚大な生態系の破壊だ。また自然豊かに見える農村部だって、わかりやすい公共工事等以外でも、農業や林業など何らかの形で人が自然に手を加えることは常に行われている。にもかかわらず、なぜか殊餌やり云々という話になると「生態系を乱す」とか「人が自然を変えてはいけない」という類の言い方が都合よく持ち出されるのは随分不可解だ。 もちろん手付かずの自然が残っているような場所で「生態系を乱す原因になるので―」と言うならまだ解るし、以前はよく目にした、まるで何かの使命のようにやたらと大量のエサを撒き散らすようなやり方も決して正しいとは思わないが、最近はむしろただ単に餌やりさえ止めさせれば生態系が保たれるかのような、あまりに単純すぎるイメージが一般に広まってしまっている印象を受ける。 ![]() ▲上の画像と同じ池の周りの風景。寝そべったり遊んだりしやすい、歩きやすい、不快な虫などがいない、などの人間側の都合で全国各地の公園等の膨大な面積が単調な芝生やコンクリートで埋められている。 そういえば餌やり関連で最近ちょっと面白い記事を見つけた。良いか悪いかという言い方を急ぐのではなく、観察の大切さを説いているところが非常に共感できた。(記事は本文下の番号をクリックして続きを読めるようになっている。) 2009年 10月 29日
昨日は多摩ニュータウンにある二つの公園池を覗いてきた。どちらもマガモとカルガモの中間的特徴を持ついわゆる“マルガモ”タイプの雑種が見られ、特にそのうち一つの公園の方は20羽ほどいたカモのほとんどが“マルガモ”というびっくりするような状態になっている。なるほどこういう場所の印象が大袈裟に伝われば、「純粋なカルガモはほとんどいない」みたいな話になってしまうのも頷けるが、もちろんその辺りの状況は実際には場所によって全く異なるので十分注意が必要だ。そしてやはり興味深いのはどちらの公園もアオクビアヒルやアイガモといった明らかに野生のカモではない個体が見られたこと。この手の雑種の片親が野生のマガモなのかアヒルやアイガモなのかは、そもそもアヒルの原種がマガモなだけあって外見からは判断しづらいことが多いが、雑種が多くみられる場所にはアヒルやアイガモがいることが多いことは大いに注目に値する点だ。ちなみに分類学上の種名としてはマガモもアヒルもどちらも「マガモ」ということになるので、アヒル×カルガモをマガモ×カルガモとか“マルガモ”と呼んでも間違ってはいないことになるが、しかし実際にはマガモと聞けば野生のマガモを思い浮かべることが多いし、色々誤解を招く恐れもあって不便ではある。カモの雑種については2月19日のこちらのエントリもどうぞ。
![]() 左からアオクビアヒル、“マルガモ”♀、“マルガモ”♂ 2009.10.28 東京都多摩市 ![]() “マルガモ” 2009.10.28 東京都多摩市 20羽近い群の一部で、写っている個体は全て“マルガモ”。後方の一見カルガモに見える個体も明らかにマガモ的特徴が出ていた。 2009年 02月 12日 ![]() 上の画像は1993年2月27日、上野不忍池で撮影したホシハジロXキンクロハジロの雑種。両方の形質が現れており非常に面白い。当時エサやりが極めて盛んだった不忍池を覆いつくしていたカモの中で、圧倒的多数を占めていたのはキンクロハジロ、ホシハジロ、オナガガモの3種。ところがこの3種の間の組み合わせの雑種というと、実は私はこの1個体しか見た記憶がない。当時コスズガモなどの珍しい種を探すため、ここを訪れるたびに数百~数千羽の群をスコープと双眼鏡でしらみつぶしに観察していたにも関わらずだ。カモ類自体が激減した今となっては非常に貴重な写真になった。そんなわけで一部でしばしばまことしやかに語られる、「近年餌付けが原因でカモの交雑が増えて大変なことになっている」などとする言説は、私の目にはどうも一部の人が頭の中で組み立てた絵空事に思えてならない。 カモの雑種というと、なんと言ってもダントツに観察例が多いのがマガモ(アヒル)Xカルガモ、及びヒドリガモXアメリカヒドリ、この2組だろう。しかしこの2組はともに形態からも想像できるようにもともと極めて近縁であり、繁殖分布が隣接・重複しているため交雑しやすい。しかもマガモ(アヒル)Xカルガモについては野生のマガモというよりむしろ捨てられたり放し飼いにされたアヒルやアイガモとカルガモの交雑が疑われる例が多いので、まずは餌付け云々以前に「家禽の管理問題」に目を向けるべきだ。ヒドリガモXアメリカヒドリについては、多摩川や三番瀬など餌付けと関係のないところで多数の交雑個体を観察した経験があり、不忍池などでの雑種の頻度が高いとは全く言えない。そもそもこの2種は普通に混群で生活する組み合わせであり、かつ都内でアメリカヒドリが餌付いた例自体が極めて稀なため、餌付けと交雑を関連付けること自体あまり意味がないだろう。 上記二組よりずっと少ないが、90年代当時比較的見る機会があったのはスズガモXキンクロハジロだが(といっても1日僅か0~数羽程度)、これももともと餌付けに関係なく混群になる組み合わせだし、スズガモ自体が汽水~海水域を好み餌付く例がごく限られているため、餌付けと交雑を結び付けるには無理があるだろう。これ以外の組み合わせの雑種となると色々見たことはあるが全く問題にならないほど稀で、ましてどちらか片親がトモエガモやメジロガモのような例は、そもそもその種自体がそこでは稀もしくは見られないわけで、いずれも餌付けとの関連性があるとは思えない(画像はメジロガモXホシハジロ)。加えてこの数十年で都内のカモ自体が激減し、当然雑種を見つけることもますます難しくなっているため、「餌付けで雑種が増えて大変なことになっている」などというのはあまりにも現実とは遠くかけ離れている。こういった混乱の背景には、どうやら基礎的な観察技能の問題があるようだ。そもそも鳥は年齢、換羽、個体差、観察状況などによって印象が大きく変わることは日常茶飯事なのだが、わからない個体に出くわすとすぐに「雑種だ」という結論に飛びつく風潮が未だに強く、ネット上その他でも雑種ではないものが雑種にされてしまっている例が目を覆いたくなるほど多い。鉄分の多い水に染まって腹がオレンジ色になったオナガガモなどもよく見られるが、これも「変なカモ=雑種」というイメージから簡単に雑種にされてしまうことがある。交雑=餌付け原因説は、一部の人が頭の中で組み立てたようなストーリーがどんどん増幅してしまっている感があるが、そういうことを語るよりもまずは事実を見極める基礎的な観察力を見直すことから始める必要があるだろうと思う。 またそもそも、「本来は種類ごとにかたまって越冬しているのに、餌付けによって混群化しその結果交雑が増える」とする理屈自体が極めて不可解だ。元々カモ類は何種もが混群で越冬する習性があり、むしろ餌付けがなされるとほとんどオナガガモばかりの群になったり、そうでなくとも先の不忍池のように数種が圧倒的多数を占めたりする傾向すら私はあるように思うのだが、したがって、「本来は種類ごとにかたまって冬を越しているはず」などと聞いた時点で、どうやらその人が普段カモを観察していないのではないかと思わざるを得ない。画像は参考までに餌付けが行われていない多摩川のカモの混群。コガモ・オナガガモ・ヒドリガモ・アメリカヒドリ・オカヨシガモの五種が写っている。もう一点付け加えると、そもそも「種」というもの自体が多くの人が頭で考えるほど固定的なものではなく、縁の近いものはある地域や時期に交雑が進んだり、何かのきっかけで分化が進んだりというのは元々ある自然なことだ。むしろ、ある程度以上分化が進んだものを我々人間が見て「種」と認識し、それほどではないものを「亜種」と認識している場合が多いと言った方がいいかもしれない。もちろん冒頭に挙げたアヒルのように人為移入による交雑が野放図に進むことついては問題があるのかもしれないと思うが、それにしても交雑を初めからあたかも当たり前のように何でも「悪いこと」「異常なこと」だとする言い方の根拠はところでどこにあるのだろう?というのも改めて多くの人に考えてみてほしいところだ。 なおこちらにも関連記事があるのでぜひご覧頂きたい。 2008年 07月 31日
唐突だが、ちょっと思うところがあって「スズメ 丸焼き」のキーワードでスズメの羽毛をむしった状態の画像を検索してみた。リンクを貼ろうかとも思ったのだがさすがにグロい画像が多いのでそれは止めておいて、スケッチで書き起こしてみた。
![]() 羽毛をむしった状態のスズメ(左) 通常の状態のスズメ(右) こう見てもわかるとおり、羽毛をむしった鳥というのは普段見慣れたイメージとは全く似ても似つかない姿だ。特に首などは全く信じられないほど細いし、鳥の外見というのはいかに多量の羽毛の存在によって形作られているか、ということがわかると思う。したがって、羽毛の状態次第では物凄く膨張して見えたり痩せて見えたりということが、頭で考えるよりはるかに劇的に起こっているのだ。 この辺の理屈というのが一般にはなかなか正しく理解してもらえないようで、鳥の外見だけを見て随分と簡単に痩せている太っていると断じるような言い方をいまだに目にするが、なんとなくの印象ではなくもう少し構造的な理解を通して対象を見ていただきたいと思う。 2008年 04月 21日
4月20日に撮ったコガモの群。全ての個体は画面に収まりきらなかったが、この小さな川に45羽が集まっていた。
![]() ところでコガモとオナガガモというのは餌付けに関しては両極端な傾向を持っていて、コガモがいた場所で餌付けが盛んに行われるとオナガガモが増えてコガモがいなくなるということがよく起こる。餌そのものの好み等も原因としてあるのかどうかは知らないが、体がずっと大きく頸も長いオナガガモの方が餌の奪い合いにはるかに有利?ということは単純に想像できる。 この川ではパンを撒く人も時折見かけるものの、その量が少ないせいか冬季に見られるオナガガモの数も数十羽程度。コガモは基本的に餌付いていない。5年以上前?に、意図的にコガモを狙って投げられるパンを少しだけつまんでいる個体を一度見た記憶はあるので、厳密にはコガモも「絶対に餌付かない」とまでは言えないが、いずれにしろ餌付けに対するオナガガモとの習性の差は歴然としている。 ということは、例の「カモは餌付けのせいで太って渡らなくなる」もしくは「渡りが遅れる」という“メタボガモ伝説”が本当ならば、コガモではなくオナガガモの方が春になってもいつまでも残っている状況が観察されてもよさそうなものだが、もちろん現実はその逆。この川でも例年餌付いているオナガガモの方が先にいなくなり、餌付いていないコガモは春遅くまでそこそこの数が残っているのだ。今年は3月12日以来この川でオナガガモを見かけていない。 2008年 03月 23日
22日にせっかくカモも見てきたので、内容は繰り返しになるが一般への周知の意味も込めて再び“メタボガモ騒動”関連の話題。
2008.3.22 カモへの餌付けが行われていない神奈川県川崎市多摩川河口で観察したカモ類は以下の通り。 カルガモ13、オナガガモ5、ヒドリガモ42、ホシハジロ6、キンクロハジロ25、スズガモ136 留鳥のカルガモを除く冬鳥のカモ類は合計214羽。川面が広く鳥にある程度動きもあって、ダブって数えてしまう可能性もあるのでこれでもかなり控えめにカウントしている。実際はこの数字より間違いなく多い。我々バードウォッチャーには当たり前のことだが、このようにそろそろ桜も咲き始める3月下旬にこれだけ沢山のカモ類がいるというのは、餌付けが行われている・いないに関わらず元々全く普通のことである。もちろん4月に入ってもしばらくは普通に見られる。というわけで何度も書いたが、「春なのに公園にカモがいた」→「きっと餌付けのせいで渡るのを忘れてしまったのだろう」→「じゃあ餌付けを禁止しよう」というのは見るからに餌付けの禁止先にありきで理由を後付けしているようにしか見えない、あまりにも安易すぎる理屈だ。 さらに下の画像はこの日撮影したスズガモの群の一部。ここで餌付けが行われていないというだけでなく、元々スズガモは海水・汽水域で貝類などを捕食する習性が強いため、餌付く機会が少ない種であり、この群も餌付けとはまず無縁であると判断してよいだろう。にもかかわらず陸上に上がった姿はいかにも丸々と太っているように見える。動きもいかにも重そうなヨチヨチ歩きだ。カモというのは元々こういう鳥なのであり、昨冬盛んになされた、太って見えるとか動きが鈍いのが餌付けのせいだとする主張・報道がいかに人間側の主観に基づいたものであったかがよくわかると思う。 繰り返し書いてきたように私は餌付けを積極的に肯定も奨励もする気は全くないが、昨年来行われているような、事実に反することを無責任に流布しながら強権的に行われる餌付け禁止キャンペーンには明確に反対である。 ![]() スズガモの群れ こうした姿を見て「太って飛べないのではないか」と思うのは人間側の勝手な想像に過ぎない。当たり前だがこう見えても実際には毎年しっかりと北の大地へ渡っていく。 2008年 01月 20日
以前書いたことと一部重複するが、カモのことでちょっと書こうと思って忘れていたことがあった。
![]() 都市公園で人馴れして足元まで寄ってくるカモの警戒心のなさについて、「不自然である」「本来の姿ではない」という言い方がある。このことが話題になる場合、「田舎の湖沼や河川では、カモは人を見るだけですっ飛んで逃げることが多く、警戒心の強さにびっくりさせられる」ということが「本来の姿」として引き合いに出されることが多い。これは確かに私の経験上もそうなので、まあそうかなと思う部分もある。 ただよく考えると、「あれっ?これもどっちが“正常”なのだろうか?」ともよく思う。というのも、田舎のカモの警戒心の強さというのは長年の狩猟圧によるものである可能性が高いと思うからだ。つまり、私の感覚ではこれはそもそも実はどっちも多分に人為的な要因が絡んでいる話だと思うわけで、「人への警戒心」という部分では強ちどっちが自然とか不自然とか、正常とか異常とかいうことは簡単には言えないのではないか?と思うのだ。考えようによってはどちらも自然といえば自然、不自然といえば不自然・・・とでも言おうか。 人間と接点のほとんどない海鳥などでは、むしろ「わざわざ寄っても来ないが近づいても逃げもしない」というどちらかというと「無関心」に近い反応を見せることが多い。この他にもシギチドリ類、小鳥類などでも、全く餌付けされているわけでもないのに、びっくりするほど警戒心がない個体に出会うことはあることだ。しかしこれについても、「人間との接点がない中で育まれた行動」という意味では一番「自然」なのかもしれないが、だからといって「全ての鳥がそうであるべきだ」と考えるのもそれはそれで全く非現実的な話だとは思う。 少なくとも私の目には、都市公園のカモは人間とネコや猛禽などはそれぞれ明確に区別して反応していると見えるし、「餌付いたからネコや猛禽に簡単に捕まる」という理屈は、「一つの可能性として想定された話」という域を出ないものではないか?と思っているのだが、つまりここで何が言いたいのかというと、物事の「正解」は一つとは限らないし、一般によく言われていることというのも、一面の真理を突いていることも多いかもしれないが、別の角度から見れば片手落ちであったり、或いは時には全く事実でなかったりと、実際はそんなに単純ではないということ。餌付いているカモを指して「堕落している」というのも一つの見方だが、「人の与えるエサを利用するのも野生の知恵」という言い方だってもう一つの見方として強ち間違いとも言い切れないのでは?などとよく思う。ともかく大事なのは、他人の言うことをただ復唱するのではなく、一人一人が現実をよく見て自分の頭でよく考えることなのだろうなあと思う。 まあとりあえずカモについては、「自然か不自然か」「正常か異常か」はさておき、「バンバン足元まで寄ってくる」と「すっ飛んで逃げる」の中間くらいが確かにほどよく幸せな、理想的な関係なのだろうなあという気はする。とはいうもののこれも一つの理想論であり、実際はある程度場所によって色々であっていいような気はするのだが。 < 前のページ次のページ >
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カモメ識別ハンドブック 改訂版 ![]() カモメ類の野外観察に欠かせないハンディタイプのカモメ図鑑、「カモメ識別ハンドブック」が28ページ増の大幅リニューアル。旧版で簡単に紹介したワライカモメ、チャガシラカモメ、クロワカモメ、カスピセグロカモメ、さらにカザフセグロカモメを国内記録種として新たに追加。カモメ類の野外観察で注意すべき点や初列風切の換羽の見方などを基礎から詳しく図解。後半は複数種の直接比較に重点を置いた写真図鑑、さらに巻頭には基本9種成鳥から学べる検索図付きで、ビギナーからベテランまでカモメファン必携の一冊。 新書判 80ページ 定価1470円 (本体1400円+税5%) 氏原巨雄・氏原道昭/著 文一総合出版 ■本家サイト・鳥と絵画のぺぃじ Homeへ ■関東ジシギ画像集 ■知床・油汚染海鳥 漂着問題 ■当ブログの画像、文章等の著作権はすべて氏原道昭に帰属します。許可なく無断転載・複製、配布をすることはできません。 従来のhtml版・MU's Diaryはこちら リンク きゅーたのひとりごと カテゴリ
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