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2007年 03月 31日
工事中毒
前にも少し書いたが、日本の里山環境というのは、「公園」と名がついて宅地化を免れた途端に空々しい人工庭園に造り替えられてしまう例が極めて多い。1990年頃から私はトンボや蝶に興味を持って首都圏のあちこちの里山や公園を訪ね歩いたが、どこもかしこも似たような有様で、本来の環境が良い形で残されていると感じた公園は極めて少ない。無論私有地は私有地でいつどうなるか知れたものではない。

この冬、某公園に隣接する谷が公園に併合され、それに伴う工事のためにしばらく通行止めになっていた。ここは本来鬱蒼たる杉林で、工事直前までクロジやミソサザイ、トラツグミが見られたし、以前はよく柿の木にアオゲラがやってきた。谷の入り口にはこのあたりで唯一ゴイシシジミを確認している笹藪があった。

工事中毒_a0044783_18534715.jpg今日、この場所の工事が終わって道が開通していたのだが、呆れたことに杉林も柿も笹も下草もことごとく伐採され、土が剥き出しとなった地面に梅が植えられていた。要するに、わざわざそこにいた様々な生物を一掃し、「梅を観賞するためだけの場所」にしてしまったようだ。必ずしも梅が悪いとは言わないが、そこに本来あった一切のものを全て犠牲にする必要が一体どこにあるのか理解に苦しむ。環境が単調になったというだけでなく、太い園路がやたらと増設されているので、人の立ち入らない場所が減ったという意味でも鳥には極めて住みづらくなったことだろう。しかもこの公園ではこうしたことを以前から繰り返していながら、来園者に対しては柵の中に入るな、生物は一切採るなという看板が立っているのだから、どう考えても根本的に矛盾している。また、園内にはこれまで環境共生型云々と謳った施設が色々作られてきたようだが、こうしたものも私には空虚なものにしか見えない。

まあ、この場所も時間が経てば少しは草が生えたりして、一部の生物は戻ってくるだろう。梅にはメジロやヒヨドリくらいは来るかもしれない。風景自体も工事直後の今ほど殺風景な印象ではなくなるだろう。或いは、見た目を取り繕うために他から持ち込んだ植物をまた植えるのだろうか。そして、ほとんど自然のかけらもない街中からたまにやってくる人々の目には、緑豊かな公園として映るのかもしれない。

それにしても、日本というのは「今あるものをそのまま残す」という一番簡単なことがなかなかできない珍妙な国だと思う。一体いつまでこんなことを続けるのだろうか。
by ujimichi | 2007-03-31 17:04 | いろいろ


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